師走
バレーボール 2007/1201 Sat 23:58:20
師走とは、字のごとく「師(先生)が走り回るほど忙しい」月だからという説がよく言われる。
私にとってバレーボールの「師」は高校時代の同級生だ。
同じクラスだった私は「なんとなく」という理由でバレー部に入部した、彼との出会いが現在の私の生活の大半を占めるなんて想像だにしなかった。
高校のバレー部には顧問の先生は存在したものの、コーチという人はおらずキャプテン(師)のもとに練習の全てを行っていたのだ。
練習内容も今振り返れば、基礎練習というよりは実戦的練習の積み重ねだった。正直なところ「基礎練習なんて・・・、」という気持ちがかなりあったと思う。
そんな練習だったから、対岐南工業戦は(3―15、0―15)なんていうのも頷ける、今となってはいい思い出だ。
そんな師匠とは、現在でもバレーを一緒にプレーする良き「仲間」であることがこれまたうれしい限りだ。
あと何年この体が動くかは分からないが、動く限りは「全力」でプレーも指導も続けていきたい。
プレーをすることは「喜び」、指導をすることは「誇り」だと思っている。
私にとってバレーボールの「師」は高校時代の同級生だ。
同じクラスだった私は「なんとなく」という理由でバレー部に入部した、彼との出会いが現在の私の生活の大半を占めるなんて想像だにしなかった。
高校のバレー部には顧問の先生は存在したものの、コーチという人はおらずキャプテン(師)のもとに練習の全てを行っていたのだ。
練習内容も今振り返れば、基礎練習というよりは実戦的練習の積み重ねだった。正直なところ「基礎練習なんて・・・、」という気持ちがかなりあったと思う。
そんな練習だったから、対岐南工業戦は(3―15、0―15)なんていうのも頷ける、今となってはいい思い出だ。
そんな師匠とは、現在でもバレーを一緒にプレーする良き「仲間」であることがこれまたうれしい限りだ。
あと何年この体が動くかは分からないが、動く限りは「全力」でプレーも指導も続けていきたい。
プレーをすることは「喜び」、指導をすることは「誇り」だと思っている。

