未ダ完成セズ
バレーボール 2007/1225 Tue 23:17:50
指導者は各学年ごとの目標を設定し、どうしても1年のスパンで結果を出したがるものだ。
そうすると指導そのものがどうしてもネガディブになりがちだ、できたことを褒めるよりはできなかったことに対して「なぜできないの?」という指導になってしまう。技術的にはもちろん、あいさつ・マナーについても然りだ。
よく「子どもは指導者の鏡(鑑?)である」といわれる、そうだとするとあいさつ・マナーがしっかりできていないことでさえ指導者自身の責任であるかもしれない。
中学・高校の先生方は『バレー「を」教える』のではなく『バレー「で」教える』のだということをよくいわれる。まさにその通りだ、我々指導者も子どもたちにはバレーよりもっと学んで欲しいと思うことがたくさんあると思っているのではないか?
子どもも未完成だが、私自身も未完成であるという自覚と、そう思える余裕が必要かな、と思っている。
そうすると指導そのものがどうしてもネガディブになりがちだ、できたことを褒めるよりはできなかったことに対して「なぜできないの?」という指導になってしまう。技術的にはもちろん、あいさつ・マナーについても然りだ。
よく「子どもは指導者の鏡(鑑?)である」といわれる、そうだとするとあいさつ・マナーがしっかりできていないことでさえ指導者自身の責任であるかもしれない。
中学・高校の先生方は『バレー「を」教える』のではなく『バレー「で」教える』のだということをよくいわれる。まさにその通りだ、我々指導者も子どもたちにはバレーよりもっと学んで欲しいと思うことがたくさんあると思っているのではないか?
子どもも未完成だが、私自身も未完成であるという自覚と、そう思える余裕が必要かな、と思っている。

