やる人・やらない人
バレーボール 2008/0808 Fri 12:06:30
平日の朝練も約半分が過ぎた。
相変わらずの「基本前練習」を中心に子どもたちができるだけ飽きないように工夫をして練習をしているつもりだ。
だけど、「飽き」が原因だろうか?、練習を見ているとどうしてもその取り組みに個人差が出てきてしまう。
例えば、アンダーハンドでボールを突きながらネットの下をくぐる練習・・・、同じできない子でも「何回もチャレンジする子」「一回失敗するとそのまま向こうサイドまで行ってしまう子」と2パターン存在することがわかる。
どちらがより上達するか・・・、そんな事はいうまでもない。
基本練習というのは地味だし、退屈をともなうものだ。
子どもを観察していると、できるから「やる」、できないから「やらない」、という簡単な図式が成立しているようだが、根本的にこの意識を取り除く指導も必要だと考える。
ただ、子どもの中にはボールをただ持ってボーっとしているのではなく、何かを模索して悩んでいる場合も(ごくまれだが)ある。そのあたりの見極め力も我々には必要ではある。
しかし、高校生が、そしてVリーガーがなぜ壁レシーブを何百回もやっているのか、毎日毎日アンダー・オーバーを繰り返し練習しているのかを考えてもらいたい。
それは「できない」からではなく、「より完璧なもの」を目指しているからだ。
夏休みはまだ半分「も」残っている、練習をやり遂げるであろう自信を何とか力に変えてあげたい。
相変わらずの「基本前練習」を中心に子どもたちができるだけ飽きないように工夫をして練習をしているつもりだ。
だけど、「飽き」が原因だろうか?、練習を見ているとどうしてもその取り組みに個人差が出てきてしまう。
例えば、アンダーハンドでボールを突きながらネットの下をくぐる練習・・・、同じできない子でも「何回もチャレンジする子」「一回失敗するとそのまま向こうサイドまで行ってしまう子」と2パターン存在することがわかる。
どちらがより上達するか・・・、そんな事はいうまでもない。
基本練習というのは地味だし、退屈をともなうものだ。
子どもを観察していると、できるから「やる」、できないから「やらない」、という簡単な図式が成立しているようだが、根本的にこの意識を取り除く指導も必要だと考える。
ただ、子どもの中にはボールをただ持ってボーっとしているのではなく、何かを模索して悩んでいる場合も(ごくまれだが)ある。そのあたりの見極め力も我々には必要ではある。
しかし、高校生が、そしてVリーガーがなぜ壁レシーブを何百回もやっているのか、毎日毎日アンダー・オーバーを繰り返し練習しているのかを考えてもらいたい。
それは「できない」からではなく、「より完璧なもの」を目指しているからだ。
夏休みはまだ半分「も」残っている、練習をやり遂げるであろう自信を何とか力に変えてあげたい。

