基本の素
バレーボール 2009/0106 Tue 00:00:30
「基本練習」、「基本の基本」などという文言をよく使うが、その「素」を考えると究極的には「あいさつ」という言葉に集約されると思う。
「あいさつ」とひと言でいってもそれは様々だ。
・体育館に対して
・指導者に対して
・保護者に対して
・仲間に対して
まだまだあるかもしれないが、これがスポ少の活動中・活動外でもできなくてはならない。
それを突き詰めると「大素(おおもと)」は家庭でのあいさつという事になる。
「おはよう・おやすみ」、「いってきます・ただいま」、「いただきます・ごちそうさま」・・・、こんな日常の言葉を繰り返しているだけであいさつは身に付くものではないだろうか?
あいさつができることは、「他人の話が聞ける」、「聞こうとする気持ちができる」、そして「バレーが上手になる」ことにつながっていく。
何故か・・・?
それはひと言で表現すれば「感謝の気持ち」だ。
この気持ちを常に持ち合わせていれば「あいさつができる」、「バレーが上手になる」だろうと私は考えるのだ。
だから、私が体育館に入ってくる子どもに「(あいさつを)やり直し!」などと命じているレベルでは「まだまだ」なのだ。
この究極的命題に対して愚直に取り組んでいきたい。
「あいさつ」とひと言でいってもそれは様々だ。
・体育館に対して
・指導者に対して
・保護者に対して
・仲間に対して
まだまだあるかもしれないが、これがスポ少の活動中・活動外でもできなくてはならない。
それを突き詰めると「大素(おおもと)」は家庭でのあいさつという事になる。
「おはよう・おやすみ」、「いってきます・ただいま」、「いただきます・ごちそうさま」・・・、こんな日常の言葉を繰り返しているだけであいさつは身に付くものではないだろうか?
あいさつができることは、「他人の話が聞ける」、「聞こうとする気持ちができる」、そして「バレーが上手になる」ことにつながっていく。
何故か・・・?
それはひと言で表現すれば「感謝の気持ち」だ。
この気持ちを常に持ち合わせていれば「あいさつができる」、「バレーが上手になる」だろうと私は考えるのだ。
だから、私が体育館に入ってくる子どもに「(あいさつを)やり直し!」などと命じているレベルでは「まだまだ」なのだ。
この究極的命題に対して愚直に取り組んでいきたい。

