競技委員長として
バレーボール 2009/0222 Sun 23:17:12
初めて「競技委員長」なる肩書きをもっての東海大会がなんとか無事終了した。
愛知・三重・静岡の役員の方々はいずれも百戦錬磨の猛者ぞろいだ、緊張の連続であった。
特に三重県の理事長さんからは非常に貴重な意見をたくさんいただいた。
服装のこと・会議運営のこと・応援のこと・・・、私のような若造(その方から見ると)にいろいろ教えてくれ、ほんとにありがたかった。
しかしながら、今回の仕事は「競技委員長」ではなく、「雑用主任」風情である。
会場の駐車場係から、備品の管理、会場設営、看板片付け、最後の会場見回り、ごみの持ち帰り、忘れ物管理、プラス本来の競技委員としての仕事、と本当にあわただしい2日間であった。
特に今回は役員の人手不足であり、今後の反省材料としなくてはならない。
次回の岐阜県の当番は3年後の「全日本小学生大会の県2〜4位による東海大会」であるが、2度とやりたくないというのが本音だ。
役員全員で運営し他県の選手・役員を迎え入れる、という気持ちで一体感がもてないとどうしても「虚脱感・疲労感」しか残らないのだ。
とはいうものの、参加した役員や審判員の皆さんのおかげで他県に対しても恥ずかしくない大会運営ができたはずだ。
皆さん、2日間お疲れさまでした。
愛知・三重・静岡の役員の方々はいずれも百戦錬磨の猛者ぞろいだ、緊張の連続であった。
特に三重県の理事長さんからは非常に貴重な意見をたくさんいただいた。
服装のこと・会議運営のこと・応援のこと・・・、私のような若造(その方から見ると)にいろいろ教えてくれ、ほんとにありがたかった。
しかしながら、今回の仕事は「競技委員長」ではなく、「雑用主任」風情である。
会場の駐車場係から、備品の管理、会場設営、看板片付け、最後の会場見回り、ごみの持ち帰り、忘れ物管理、プラス本来の競技委員としての仕事、と本当にあわただしい2日間であった。
特に今回は役員の人手不足であり、今後の反省材料としなくてはならない。
次回の岐阜県の当番は3年後の「全日本小学生大会の県2〜4位による東海大会」であるが、2度とやりたくないというのが本音だ。
役員全員で運営し他県の選手・役員を迎え入れる、という気持ちで一体感がもてないとどうしても「虚脱感・疲労感」しか残らないのだ。
とはいうものの、参加した役員や審判員の皆さんのおかげで他県に対しても恥ずかしくない大会運営ができたはずだ。
皆さん、2日間お疲れさまでした。
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| | 2009/02/23/Mon 07:14 [EDIT]

